2026年6月20

日々の外来で「目がかすむ」「視力が落ちた気がする」といったご相談を多くいただきます。しかし、私たちが日常生活や健康診断などで一般的に「視力が良い」「視力が悪い」と表現する場合、それは目の持つ多様な能力のほんの一部を指しているに過ぎません。
私たちが普段口にする視力は、主に「遠見視力」や「中心視力」のことです。遠見視力とは遠くの物を見る能力、中心視力とは「中心窩(ちゅうしんか)」と呼ばれる網膜の中心部分で物を見分ける能力を指します。学校の視力検査や健康診断などで行われる通常の視力検査では、5m離れた場所から「C」のようなマーク(ランドルト環)の切れ目を見分けられるかという能力を検査しており、これによって遠見視力と中心視力が評価されています。
しかし、人間の「見る力」には、動いているものを捉える「動体視力」や、奥行きを認識する「立体視力」など、通常の検査では測定できない重要な能力がいくつも存在します。今回はそれぞれの視力の特徴と、運転免許の更新時などに質問されることが多い「深視力」を自宅で鍛える方法について詳しく解説します。
スポーツや運転時に必要な「動体視力」
動体視力とは、動いているものを見る力のことです。これに対して、検査表も自分も動かない通常の視力検査は「静止視力検査」と呼ばれます。動体視力には、大きく分けて次の2つの種類があります。
- KVA(Kinetic Visual Acuity):遠くから自分に向かって近づいてくる物体を見る能力で、専用の動体視力計で測定します。
- DVA(Dynamic Visual Acuity):目の前を左右など横方向に横切る物体を見る能力であり、正確な眼球運動が求められます。
動体視力は、野球やテニスといったスポーツにおいて非常に重要で、優秀なアスリートほど高い動体視力を持っていることが分かっています。また、車の運転時にも、歩行者や対向車の動きを素早く察知するために不可欠な能力です。しかし、動体視力は加齢とともに低下しやすいという特徴があります。そのため、70歳以上の方が運転免許を更新する際の「高齢者講習」では動体視力検査が実施されており、自身の能力低下を自覚し、安全運転(速度を控える、意識的に遠くを見るなど)を心がけるきっかけとして活かされています。
スポーツ時に重要な「瞬間視力」と「周辺視力」
アスリートの「見る力」は総称して「スポーツビジョン」と呼ばれ、動体視力のほかに「瞬間視力」や「周辺視力」も重視されます。
- 瞬間視力(瞬間視):目の前に一瞬だけ現れた情報を、瞬時に正しく認識する能力です。野球のバッティングやサッカーのパス判断、ボクシングで相手のパンチを避ける際などに求められます。
- 周辺視力:視界の中心ではなく、周囲(視野の端)にある動きや物体を認識する能力です。視線を固定したときの「視野の広さ」だけでなく、何かを見つめながらも周囲の状況を把握できる「有効視野」の広さが大切になります。
これらはスポーツだけでなく、パイロット、外科医、警察官、消防士といった職業や、日常生活でも大いに役立つ能力です。特に車の運転中に、視界の端から急に飛び出してくる歩行者や自転車を察知する際には、この周辺視力が大いに貢献してくれます。
空間認識と奥行きを捉える「立体視力」
もう一つ、重要な能力が「立体視力」です。立体視力とは、物体の奥行きや距離感を正確に認識する能力のことで、両目で物体を立体的に見る機能を指します。
私たちは右目と左目でわずかに異なる角度から物を見ており、この左右の像の微妙な差(視差)を脳が一つに統合することで、3次元の奥行きや距離を感じ取っています。この原理は映画の3D映像などにも応用されています。立体視力は、階段の上り下りや物を手で掴むといった日常動作のほか、運転時に前方の車との車間距離を適切に保つために不可欠です。立体視力も加齢で低下しやすいですが、適切な訓練で向上させることができ、鍛えることで転倒リスクの軽減などにもつながります。
運転免許で引っ掛かりやすい「深視力」とは?
この立体視力の一種で、当院の診察室でも「免許更新で引っ掛かってしまった」というご相談をよく受けるのが「深視力(しんしりょく)」です。
深視力とは、物体の奥行きや位置関係を正確に見極める能力のことです。日本では、大型免許、中型免許、準中型免許、けん引免許、そしてバスやタクシーなどの第二種免許の取得・更新時に、通常の視力検査に加えて「深視力検査」が義務付けられています。
検査では「三桿法(さんかんほう)」という方法が一般的です。箱の中にある3本の棒のうち、両端の2本は固定されており、中央の1本だけが前後に動きます。3本の棒がちょうど横一列に並んだと思った瞬間にボタンを押し、3回の測定の平均誤差が2センチ以内であれば合格となります。深視力で引っ掛かる原因の多くは、近視・遠視・乱視による左右の視力差や、両目のチームワーク(両眼視機能)の低下です。まずは適切なメガネやコンタクトレンズで視力を矯正することが最優先ですが、目の使い方を意識する自宅トレーニングでカバーすることも可能です。
自宅でできる!それぞれの視力の鍛え方
特別な器具を使わずに、ご自宅の隙間時間にできる簡単なトレーニング方法をご紹介します。
立体視力・深視力を鍛える(奥行き感覚の強化)
- 人差し指合わせ運動:両手の人差し指を立て、胸の前で30cmほど離して構えます。左右からゆっくりと指を近づけていき、指先同士をぴったりと突き合わせます。正確な「間合い」を測る脳の働きを鍛えられます。
- 3本のペンを使った模擬訓練:ペンを3本用意し、2本を左右に固定して並べます。自分で持った真ん中の1本を前後に動かし、3本がぴったり横一列に並んだと思う場所で止めます。上から見てズレを確認し、感覚を修正していきます。
- ステレオグラム(マジカル・アイ)の活用:平面の画像から視線をあえて前後にずらすことで、立体的な絵を浮かび上がらせる訓練です。ピントを調節する目の筋肉をほぐし、両目のチームワークを高めます。

動体視力を鍛える(眼球を動かす筋肉のストレッチ)
- 遠近交互注視:自分の親指を顔の前20cmに立てて見つめた後、パッと数メートル先にある壁の時計やカレンダーに視線を移します。「近く→遠く」を素早く繰り返すことで、前後に動くものを捉える力(KVA)が鍛えられます。
- 素早い眼球運動:顔は正面に向けたまま、目だけで部屋の四隅(右上→右下→左下→左上)を素早く順番に見つめます。視線だけで動くものを追う力(DVA)を高めます。

瞬間視力・周辺視力を鍛える(視野を広く使う訓練)
- カレンダー・ナンバー探し:壁のカレンダーの数字(1〜31)を、視線だけでできるだけ早く1から順番に探していきます。視野の端で次の数字をなんとなく捉えながら動かすのがコツです。
- 周辺視野ストレッチ:まっすぐ前方の一点をじっと見つめたまま、両手を左右の斜め前方に広げ、指先をパタパタと動かします。視線は正面に固定したまま、視界の端で指の動きを意識して捉えるようにします。

まとめ
視力は単に「良い」「悪い」と評価される静止視力だけではなく、動体視力や立体視力など、さまざまな能力がそれぞれ異なる役割を果たし、私たちの安全や豊かな生活を支えています。
特に免許更新の深視力検査に不安がある方は、まずは適切な度数のメガネなどで両目の視力バランスを整えることが大切です。その上で、今回ご紹介した自宅でのトレーニングをぜひ毎日の習慣にしてみてください。
もし「トレーニングをしても見え方が改善しない」「そもそも片目の視力が極端に落ちている気がする」といったご不安があれば、白内障や緑内障などの眼疾患、あるいは度数の不適合が隠れている場合もあります。どうぞお気軽にご相談ください。一人ひとりの目の状態に合わせた最適なサポートをさせていただきます。
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